私は、10年程前から外断熱を実践してきました。過去5つの外断熱建築を手掛けてきて、課題もいくつか感じています。外断熱は、欧米ではすでに確立されている技術ですが、日本ではこれからみんなで作り上げていく段階だと考えています。今日はこれまでの経験を踏まえて、良いと感じる点だけでなく、課題だと感じる点も含めてお話したいと思います。
[外断熱との出会い]
私が初めて外断熱の仕事をしたのは1994年のことです。東京目白の財団法人和敬塾の昭和32年に建てられた3棟の学生寮では室数が足りなくなったため、新しい寮を建てる計画がありました。既存の寮は当時としては実にモダンで、質実剛健な印象でした。 その後、担当の方々といくつかの学生寮を見学に行きました。しかし、どれもがワンルームマンションに近い印象でしかありませんでした。暗くどことなく陰気な廊下を挟んで、両側に部屋があり、壁は石膏ボードにクロス貼り、各室にエアコンが付いていて、学生は部屋にこもって自分で個々に空調をする。これではワンルームマンションとなんら変わりません。
私が既存の3棟の学生寮を見て持ったイメージはそういったものではありませんでした。血気盛んな男子学生にふさわしい頑丈なつくりでありながら、館内は寮の玄関から入ったときから夏はどことなく涼しく、冬はほんのりと暖かく、仲間と集える空間をつくりたかったのです。私が外断熱に行き当るきっかけは、環境工学的な知識より、作りたい環境のイメージを膨らませたことによるものだったのです。
1994年当時、外断熱は今以上に一般的ではなく、私も外断熱という概念を知りませんでした。あるとき、屋上防水に組み合わせる外断熱工法を見て、これを壁にも使えば、建築内の温熱環境をまんべんなくある程度快適にでき、しかも丈夫で耐久性のある壁を作ることが出来ると考えたのです。これは私の学生寮に対して描いたイメージにふさわしいものでした。そこで調べたところ、当時は旧建設省の告示により、外断熱工法には耐火認定もしくは実験による安全性の確認が要求されることを知りました。実験をふまえてPCやレンガ積み乾式通気工法を採用している設計者もいましたが、学生寮にはコストがかかりすぎました。一方、おもに北海道では、住宅の妻壁だけに複合板式の外断熱認定工法を採用する例がたくさんあることも分かりました。
また、建築内の大空間を適度に快適なものにするためには断熱だけでなく、空調設備との組み合わせも大切です。冬期に18度、夏期に28度くらいの、過剰ではなく適度な快適さをイメージしていたので、基本設計の段階では各室の空調設備は設けないことにしていました。地下に館内全体の空調のための設備を入れて、冷暖房空気を各階の床下に吹き込み室内に搬送するような仕組みと外断熱の組み合わせを考えました。 この建物では両方の妻壁に複合板式の外断熱工法を採用しています。しかし、複合板式の外断熱工法を全体に使うとデザイン性に欠けるうえにコストがかかるので、全面には採用していません。長手方向の2面は構造壁がない設計で、床と壁躯体の小口にカーテンウォールの要領で押し出し成形セメント板を取り付けて内側に断熱層を設けました。内断熱でありながら躯体は外断熱されている設計です。また、外断熱との相性を考えて、熱容量の高いものが室内の温度を蓄熱できるように、室内の壁は打ち放しに、また床は現場研ぎテラゾーにしています。避難用にしか利用しないバルコニーは躯体から持ち出した梁と一体に現場打ちして、バルコニーと躯体の間に隙間を設けることで、熱橋を少なくしています。サッシュは断熱サッシュを採用しました。
[外断熱と熱橋の考え方]
外断熱をしても熱橋を完全になくすことは不可能だと思います。たとえば、先ほど述べたバルコニーを支える持ち出し梁の部分は断熱されていません。点的な熱橋なので問題にならないと判断しました。後に設計した賃貸の集合住宅では、壁とバルコニーとの縁を切ることが出来ず、バルコニーの上面と下面を熱橋対策として断熱補強する方法を取ったこともあります。これで本当に熱橋がなくなっているとは思いませんが、熱橋に対して、状況による割り切りは必要になると感じます。今後そういったことを判断する技術ができることを期待しているところです。 この建物はあの当時としてはかなり高性能の外断熱建築だったのではないでしょうか?この建物は1996年に竣工しました。外断熱という工法を取り入れることで私が当初描いたイメージを実現するのに大きく役立ったと思っています。
[新たな外断熱設計]
はじめて外断熱設計に携わってから10年後、もう一棟の設計依頼をいただきました。これも基本のコンセプトは同様ですが、外断熱としては、タイルが直貼りできる打込みの外断熱工法(RCB工法)を採用しました。石油系断熱材ではない素材、そしてタイルが貼れるものを模索したところ、これが最も適切で合理的だと判断しました。タイルの付着についても、コンクリートに直接タイルを貼る場合と比べて決して劣るものではないという説明にも納得できましたし、20年の実績がある点にも信頼感を持ちました。 逆にRCB工法の課題だと感じるのは、型枠工事の施工中に鉄筋が片寄ってしまうと、コンクリートのかぶり厚みを確保するためのスペーサーが断熱材の中にめり込んでしまう場合があることです。スペーサーの形状を特殊なものに改良するなど、解決方法を模索して欲しいと思っています。 またRCBは透湿抵抗が高いので、コンクリート打設時の初期の水分を蒸散させにくいという特徴があります。室内側に水蒸気が発散しやすいこともひとつの課題です。しかし、私の経験した実績では室内側を打放しにする等の対策で問題が発生していません。
[今後の課題]
RCB工法に限らず、外断熱全般の課題をいくつか挙げたいと思います。今後、建物の用途、大きさ、仕上げ材などによって、多様な外断熱工法の中から適材適所に選択するのが一般的な時代になっていくでしょう。その際、バルコニーやパラペット部分が熱橋としてどの程度悪影響を及ぼすのか、無視していい程度なのかといった点や、複数の断熱材を外断熱に併用して使用した場合、それぞれの線膨張率が違うために下地となるコンクリートに内部応力が発生して構造体として問題が発生しないか、といった点も検討課題だと思います。
最後に外断熱に関する面白いエピソードをひとつ。私が設計した外断熱住宅に住む奥様に「おせち料理が腐りやすい」と言われたことがあります。家中がどこもかしこも暖かくなってしまい、台所まで暖かいからです。外断熱の生活では、「お正月の間はおせち料理を冷えきった台所に保管して過ごす」といった昔ながらの生活は難しいのかもしれません。
外断熱が普及して、快適で健康的な住空間が創造されるのは基本的にいいことです。しかし、逆に私たち設計者が知らないところで、失われていくものもあるのかもしれないと感じています。出来るだけ、そのような面にも目を向けて設計に反映していきたいと考えています。
実践外断熱セミナー2005「講演レポート」