クライアントとの最初の打合せで、美術館のような家にしようと意気投合した。もちろん言葉どおりの美術館ではなく、さまざまなシーンの中で生活が美しく見える家がクライアントと私たちが目指した家である。玄関から居間、和室、書斎、子供室、テラスにつながる平面 的なつながりは庭をL字型に囲み、大屋根の下で内玄関から2階へとつながる縦の吹抜けと絡み合いながら昇っていく。その床変わり目や壁の切れ目に、視線が交わり相互に家族の気配を感じられるところをつくろうと思った。その床をどのような材料で造るかは、基本計画ができたときからの大きなテーマであった。床の広がりと分節を強く表現できる抽象的な存在感がありながら、かつ肌が触れる近さでの優しい素材感もほしい。柔らかな杉厚板では優しすぎる、てらっとした樹脂塗り床なんてとんでもない。悩んでいるうちに時間が過ぎて、確たる自信もなくとりあえずの仕様のままで実施設計が終わり工事に入ってしまった。
採用した地松フローリングは工事で建具、家具を担当してくれた建具屋さんの提案である。私が床材で悩んでいることを監督から聞きつけたのか、こんなのがありますよと持ってきてくれたのが最初だった。大分産の地松だと言う節の目立つ30ミリ厚の床板は確かに力強く、工事途中の現場に置いても存在感を感じる。しかし、青森ヒバや杉の床板を見慣れた目にはすこし粗野な印象であった。すすめられるままに抱えて持って帰り、その後しばらくアトリエに転がしておいたが、しばらくして色をつけようと思い立ちアトリエでいろいろな色に塗って試したところ、かなり濃く透明感のある黒に染めるとイメージ通りになった。さっそく黒に染めたいと相談すると、建具屋の社長はせっかくの松板になんでそんなことをするのかとおかんむりで、クライアントも疑心暗鬼である。なんとか双方を説得して竣工すると想像通りの存在感と素材感になった。遠目では下の木目と節はかすかに見える程度で、黒の色が水面 のようにも感じられ大きな床面として見えてくる。座り込むと紛れもない木の床の暖かさである。建具屋さんの社長も意外にいいねと感心したらしく、今は黒色を準標準品として新たな販路を開拓しているようである。
松材にはヤニの心配がついてくるが、高温での人工乾燥処理を行うことにより、ヤニの樹脂の成分は木材中の水分とともに共沸蒸発させることができる。このフローリングも加工の過程で自然乾燥とともに高温での人工乾燥とを行いヤニ処理をしているが、竣工後ヤニの問題は全く起きていないようである。
建築知識 2001年9月号