相模原市は神奈川県のほぼ中央に位置し、相模川の河岸段丘の両側に広がる街である。3年ほど前に、市の北部で木造の小さな家を設計する機会を得た。この家は山が好きな若いご夫婦のための家で、2階を居間にして小屋裏も取り込んだ大きな空間は、木の勾配天井と白漆喰の壁で囲まれている。居間の木製の大きな窓を引き込むと、畑越しに周辺の山並みが望める。冷房は不要、暖房は石油ストーブという山を身近に感じながら住まいたいというご夫婦が、土地探しから始めて形にした家である。
ここで紹介する横山台の家は、この小さな家をご覧になった建て主から依頼されて設計した住宅である。還暦を過ぎられたご主人と奥様はご長男とともに市内で保育園を経営されているが、すでにご長男に園長の役を譲り、家を拠点に福祉法人として地域ぐるみの福祉に貢献されたいと考えられていた。長く住んでこられた土地とこれからの生活に対する思いをもとに、大きな空間と省エネルギーな冷暖房設備、取り込みたい自然と排除したい騒音等相反する事柄を解決して、小さな家の良いところを大切にして合理的な大きな家にする計画だった。私は、2000年度から2年度にわたり国土交通 省建築研究所と建築・環境省エネルギー機構、多くの企業の参加による官民共同研究「地域性に配慮した省エネルギー住宅」に参加した。この研究は、寒冷地に偏り、これまであまり顧みられなかった温暖地に建つ住宅の省エネルギー性能の向上を図るものである。横山台の家はこの研究で設計事例として取り上げられ検討されて、その成果 が設計に反映されている。
敷地を初めて訪れたときに、住宅や倉庫、畑などが混在するとりとめのない周辺環境の中で、南西に遠望するなだらかな山並みの緑と南北に細長い敷地のプロポーションが印象に残った。帰りの電車の中ですぐに細長い家のイメージができあがり、その後のエスキースで、西を向いた細長い家のスケッチ図面 がまとまるのに長い時間はかからなかった。
家の内部構成は、地階と一階の基壇部分(白い外壁)と二階の個室の部分(灰色の外壁)に分けられる。基壇部分は、細長い外部空間を背景にして、一番下の半地下の倉庫から台所まで、高さと大きさと用途の異なる空間が南北軸に並べ重ねられた一体の大空間である。そして、それぞれは中央の吹き抜けを介して互いに緩やかにつながり、家族の緩やかな関係の背景になることが意図されている。
乱暴な言い方だが、建築のコストは床と屋根と壁の総面積で決まる。同じ体積を持つ立体でもっとも表面 積が小さい形は球であり、この理屈から言えば、細長く変形した家は球に近いころっとしたプロポーションの家と比べると、間違いなく単位 面積あたりの工事費は大きくなる。同時に熱負荷になる壁面が多いことは、省エネエルギーの観点からも不利であることは言うまでもない。敷地が細長いといっても北側にまとめて家を建てればいいわけで、細長い家の理由にはすこし弱い。しかし、まとまった形の家にも短所がある。北側と南側の部屋ができて等しい環境になりにくい。向かい合った通 風口の無い部屋は風が通りにくい。南向きの窓は道路からの視線が気になり開けっぱなしにもできない。また、小さな南側の庭は樹木の裏側ばかりを見ることになり、日射が眩しく落ち着いて景色が楽しめない。四角い庭はゴルフの練習にはいいが変化に乏しい。
省エネルギーを唯一の物差しにして家の優劣を語ることは簡単である。悪条件を一つずつ丹念に取り除いていくことで、確実に省エネルギー性能を高くすることはできる。しかし、それが住まい手の土地に対する思いを見失うきっかけになったり、土地の隠れたポテンシャルや小さな美点をうっかり無くしてしまうことがある。南北に細長い家の形は、私が住まい手との打合せを重ねる中で思い描いた住まい手の生活の形であり、西向き採光と風向方向に深い奥行きという建築計画的に少々非常識な部分は、通 風や西日遮蔽等の建築的工夫と設備計画で解決しようと考えた。
道路に面した基壇部分の北端は、東西の両側が開放した半戸外の車庫になっている。ここの日陰をクールチューブにして東西方向に抜ける風は、玄関脇に設けられた小さな窓から取り込まれ吹き抜けに入る。玄関は天井の低い土間と、3階まで続く高い吹き抜けにまたいで設けられている。土間の奥には庭に張り出したご主人の書斎があり、ご近所の方や園児の父兄が土足のまま気軽に入れる。書斎の机の前の窓からは庭が見上げられる。玄関から一段上がると居間になる。吹き抜けを回ってもう一段上がると家族室と台所である。家族室はデッキと一体になり、デッキは庭と車庫につながっている。
玄関から吹き抜けに抜ける風は各室の換気を促しながら二階の高窓に抜けていく。2階には南西を向いた個室が並んでいる。一番南側がご夫婦の寝室。順番に三つの子供室が同じ環境条件で並んでいる。各室のドアの上には通 風換気用の開閉可能なガラリが設けられている。住宅全体を大きな一体の空間にして風の入り口と出口を設けることで、自然の風力や高低差温度差による力を最大限に利用する家全体の穏やかな換気ができるようしている。また、中間期の気持ちのいい風を積極的に取り込むために、風の通 り道に向けて窓を設け、風があたる袖壁を設けている。冷暖房は空冷ヒートポンプ熱源によるダクト式空調を採用している。建築自体の高性能と全室に空気が循環できる構造を前提とした24時間空調のシステムだが、冷暖房を使わない時期の通 風換気の通り道に空調空気のイメージを重ねることで、より自然に組み込むことができた。
西日遮蔽には樹木を有効に使っている。落葉樹を植えると日差しを遮りたい夏には葉が茂り、冬は葉が落ちて日を取り込むことができる。地元の植木屋さんが丹精した庭木は、変化のある景色を作り、一階の窓の西日を遮ってくれる。二階のバルコニーには、各個室の西日遮蔽のためのFRPルーバーを取り付けた。ほぼ真西の方角を覆い、南西の山並みを望めるように位 置決めをしている。 構造材の一部と内外の仕上げには青森ヒバを使っている。ご主人が惚れ込んで一緒に何回も青森に足を運んで、山を見て製材所の顔を見て使うことになった木である。柔らかく傷が付きやすいが、上品な色合いで温かくいい匂いがする。壁には青森ヒバに合わせてすこし色を入れた漆喰を使っている。優しいイメージで、すこしクラッシックな壁、屋根だが、その断熱気密仕様は次世代省エネルギー基準に準拠して丁寧な施工がされている。
これらの工夫で、景色や気持ちのいい風、自然な換気、冬の日差しを積極的に取り込み、夏の熱射、西日、騒音を排除することのできる家、環境負荷が小さく省エネルギーで閉じたり開いたりすることのできる家になっている。
この家は、調理も含め全てのエネルギーを電気でまかなう全電化住宅である。両親と成人した兄弟の家での生活は夜型で太陽光発電の利用が有利なので、屋根に太陽光発電パネルも取り付けている。室内で燃焼をする器具は、水蒸気の発散や空気質の問題などから、壁等の外皮の性能の高い住宅と相性が悪いことは間違いがない。この家もその必然から全電化住宅になったが、今後市場でのその比率は急激に高まるだろう。インフラとしても近い将来に化石エネルギーから風力や太陽光などの自然エネルギーへの転換が進めば、そのエネルギーを運ぶことができるのは電気だけである。
しかし、ここで立ち止まって考えてみたい。家から暖炉やいろりを全く捨ててしまっていいのだろうか。火を使うことを生活から無くしてしまっていいのだろうか。高断熱高気密住宅は機械でしか換気のできない魔法瓶の家だという、ごくわかりやすいが間違った認識が一部ではいまだにまかり通 っている。しかし、自然素材を使い、風を楽しむ文化と共存できる高性能住宅をつくる技術を私たちはすでに知っている。同じように、ガスか電気かという二者択一ではなく、生活の中の文化として火をいかに使うかを考えることもできるだろう。時代の最先端の技術を扱う技術者には、その技術を当たり前の生活や文化のなかでとらえていくことが、いつも期待されているのだ。
住まいと電化 2002年6月号